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  1. 新潟往復-新幹線の窓より(0)
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プーチンはウクライナからすぐに手を引け

 投稿者:Tomoメール  投稿日:2022年 3月 4日(金)10時35分2秒
  「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と宣言した水平社宣言が発せられて100年、そんな二〇二二年三月三日には、ウクライナで、ロシアのプーチン大統領によって引き起こされた戦争がつづき、戦火に命を奪われる人も続出し、避難する人々が何十万人も国境を越えているといいます。世界の圧倒的に多くの国、多くの人々が戦争反対の声を上げていますが、戦火は拡大の一途にあると報じられています。一国の権力者が勝手に戦争を起こし、罪もない多くの人々がその犠牲になる戦争は、水平社宣言がうたった自由、平等と人々の尊厳を踏みにじる最悪の行為です。プーチンは、ウクライナからすぐに手を引け。ささやかですが、先ずはここに書き付けることにしました。  

俳句をはじめましたか

 投稿者:Tomoメール  投稿日:2022年 1月19日(水)09時57分23秒
  俳句をはじめましたか。いいですねぇ。母上もさぞやおよろこびでしょう。僕の友達や文学仲間にも俳句をやってる方がおられて、句集を送ってくれたりします。何と云ってもこの風土の中から生まれたんですよね。

日本海を横に見ながらみかんをむいている Hideki さん。ホッとしている様子が眼に浮かびます。

裸電球の色は心を温めてくれます。僕も、あの色が好きで、家の電灯はみなあの色。LEDの白色は明るいけれど、あの暖色にはかないません。

ますます、腕を磨いてご披露下さい。
 

俳句を始めました

 投稿者:Hideki  投稿日:2022年 1月18日(火)18時29分54秒
  田舎の施設に入っている母に俳句集を届けるため、俳句を始めました。二句ほど拙い俳句・・
「にび色の海や車窓にみかん剥く」・・北陸新幹線で帰省するとき詠んだ俳句
「雪しんしん親父の里の灯の温し」・・戦後幼少時、親父の実家を訪ねた時を思い出して詠んだ俳句です。今年は北陸も随分大雪です。親父の書斎は裸電球と火鉢があったのが焼き付いています。
 

ご無沙汰

 投稿者:Tomoメール  投稿日:2022年 1月18日(火)09時48分0秒
編集済
  ヤアヤア Hidekiさん! 既に寒に入りましたが、新年おめでとうございます。ご無沙汰しておりますが、当方、歳なりに元気にしております。呆けては居れぬ、と頭の体操、身体の体操を欠かさぬように、と思いつつ後者はときどき程度にしかできず、せめて横着せずに身体を動かそうと頑張っております。 Hideki さんは、何か始めたことはありますか?
 

年賀

 投稿者:Hideki  投稿日:2022年 1月11日(火)18時56分54秒
  新年明けましておめでとうございます。大分ご無沙汰しております。
 

ヤァヤァ

 投稿者:マッシーメール  投稿日:2021年 1月10日(日)23時39分41秒
  貴君がこんな所にいるとは!
鈞君も再会の機会を作ってくれてありがとう。
 

元気、元気

 投稿者:Tomo  投稿日:2021年 1月 9日(土)16時21分46秒
  懐かしや!松下君。五十数年振りかな。貴君が日ノ御碕に行ったきりかな。それとも、上智で会ったかな、あまり定かでないが。

書きこんでいただいたのに気づかずにいて、連れ合いが見つけてくれ、ようやく返事ができます。訪れてくれてありがとう。

藤女子大にも居たんですね。何年頃? 小生は、1980年の正月に中標津からつくばに移ったので、それ以前なら、北海道で会えたのにね。

高塚君とは、静岡の同窓会で歌を聴かせて貰ったのが直近の会合機会。その前、芸大を出て間もなく会ってるかな。その他では、少し仕事で、常葉大の先生を紹介して貰ったこともあったっけ。

懐旧止みがたし、あー、書きたいことが多くて・・・・・・。いっそ、改めることにします。コロナ禍も大変ですが、その内、対面も有りかと期待します。さしあたり、改めてまた書きます。

今日は、つくばは穏やかな晴れ。関東平野の典型的な冬晴れです。どうぞ、お健やかに。
 

お元気ですか?

 投稿者:まつしたひとしメール  投稿日:2020年12月28日(月)16時12分52秒
  こんにちは。静岡高校時代に一緒に行動したこともある松下です。偶然、懐かしいお名前を発見し、もしやと思って糸を手繰ってみたら、やっぱりあの袴田君でした。一緒に楽友会のコンサートに行った高塚昭男君はフィレンツェに住んでいて、時々Facebookを通して交流しています。
ボクモ一時期、札幌の藤女子大の教員をしていたことがあり、確か中標津の辺りにいた袴田君に連絡をしようと思っていましたが、それは果たせませんでした。
分野は全く異なりますが、何かの機会に旧交を温めることができたら嬉しいです。
お元気で、よいお年をお迎えください。


松下 鈞(まつしたひとし)
 

作家デビュー

 投稿者:hideki  投稿日:2020年 3月 9日(月)19時30分59秒
  旅人さん、作家デビューおめでとうございます。民主文学2月号って図書館にありますかね?  

歳とった新人作家誕生

 投稿者:旅人  投稿日:2020年 1月 1日(水)09時46分32秒
編集済
  新しい年があけました。おめでとうございます。

この年末年始、世間にとっては無きに等しいかも知れませんが、小生にとっては小さくないことが起きました。6年間の文学修行がようやく実って、短編小説で全国誌デビューとなりました。高田三郎(たかたさぶろう)『髭の部長さん』、「民主文学」2月号です。

主人公は、町内自治会の環境管理部長で鼻下に髭を蓄えた定年後のおじさんです。祝日には決まって日の丸を出し続けてきたとおりに几帳面すぎるほどなのですが、自治会活動の中でいろいろ考えさせられ気付かされてゆきます。身近な日常のできごとを通じて、定年後に変わってゆく老人の姿を描いてみました。

ペンネームの高田三郎は、子どもの頃から親しんできた宮澤賢治の『風の又三郎』です。又三郎と同じく私も転校生でした。又三郎は十日でまた転校してゆきましたが、私はその地に十年で北海道にゆき、それ以後、東日本を住み家としてきました。なお、私の先祖は、大井川の西に位置する遠州の出ですので、高田は「タカタ」と澄んだ読み方をします。大井川の東では「タカダ」と濁ります。ヤマサキとヤマザキ、ナカシマとナカジマ等々で、それが多くの場合です。

周りを見回しますと、歳ふりて後、頭を使わなくなると呆ける傾向と、逆に頭を使い続けると呆けない傾向が判然とある如しです。それも、創造的に頭を使わうことが有効のようです。文学で頭を使ってどこまで書き続けられるか、挑戦してみようと思っているこの新年です。

そんなわけで、この1年あまり、ご無沙汰しましたが、また時々書き付けに来ようと思います。どうか、本年もよろしくお願い申しあげます。
 

瑞龍寺

 投稿者:旅人  投稿日:2019年 9月30日(月)11時07分54秒
  Hidekiさん、ご無沙汰しました。お元気で、郷里にもお帰りになっていらっしゃる様子、何よりと存じます。レスが遅れてもうしあわけありません。

瑞龍寺を検索してみました。富山県高岡市にある曹洞宗の仏教寺院。17世紀の建立。山号は高岡山。本尊は釈迦如来。開基は前田利常、開山は広山恕陽。仏殿、法堂、山門の3棟が近世禅宗様建築の代表作として、1997年に国宝に指定されている。これは富山県下における初の国宝指定であり、2019年9月現在も富山県唯一の国宝である、とありました。国宝というのは、すごいことなんですね。
 

残暑お見舞い

 投稿者:HIideki  投稿日:2019年 8月25日(日)15時30分0秒
   

書くために

 投稿者:旅人  投稿日:2019年 1月 2日(水)11時07分27秒
編集済
  樹下談叢にお出での皆様
明けましておめでとうございます。

掲示板の管理を随分長くさぼってしまいました。
この間、文学修行だったり、その同人のお世話だったり、アルバイトの浜ホト中央研究所
の仕事だったり、と何となく気忙しく日を過ごしてしまいました。そうしたら、アッとい
う間の半年。歳をとると時間の経つスピードが年齢分の一のウェイトを乗じられて年々速
くなっていくようです。

さて、文学修行にかかわる話として、私の好きな作家のひとりに辻邦生(1925~1999)が
おりますが、彼は「ピアニストがピアノを弾くように書く」というように、要するに何か
頭に浮かぶとすぐに書いていたそうです。私などは、頭に何かが浮かんだらしばらくそれ
を考え回しているうちに他に思いが移ってしまうので書くことにはなかなかならないで終
わります。今年は、文学修行のためにも今まで以上に書くようにしたいと思います。

そのためには、そうできるような仕組みを作るとよいと思い、新年の計をたて実行に移し
たことがあります。寝付く前の蒲団の中でよくいろんなことを思いつきます。テレビを見
ていて何かに刺激を受けて面白いことを思いついたり、電車に乗って外の風景を見ていて
何かを思いついたりします。そうしたときに、手元にメモ用紙があればそれを取りだして
書くこともあるのですが、書いたメモを書き起こすところがひとつの壁となって、それら
の多くは、結局、蒸発して無くなってしまうのです。

そこで、思いついたら、ハイ、ポメラ。つまり、できるだけ手近に置いて、すぐに手にと
って書ける小型パソコンであるポメラを初買いしてみました。ポメラDM30というモデルを
通販で注文したのです。折りたたみ式で、畳むと新書版の本よりひとまわり小さいのです
が、厚さは3センチ余り。開けばキーボードが普通のパソコンのそれに近い。ディスプレ
イは、外枠が上記の通りですから、それより小さいのですが、多分、目的からして小さす
ぎることはなさそうです。本格パソコンへのデータ転送は、USBやSDカード経由で可能で
す。

難点は、ディスプレイがバックライト式でないことと駆動が乾電池(単3)であることの
ふたつ。前者は、夜中に蒲団の中で思いついても電気スタンドを点けないといけないこと、
後者は、外出中に電池切れしたら慌てるかも、といったところ。まあ、何とかはなるか、
ということで目を瞑ることとしました。到着したら、写真をアップすることとします。

さて、これで書くことが捗るかどうか、見ものです。頭をかいて終わらぬように…。
 

夏、盛りすぎ!

 投稿者:旅人  投稿日:2018年 7月17日(火)09時37分8秒
  MIEさん、いらっしゃい。
暑いというまでもなく暑いですね。

暑いといえば、
クーラーを働かせれば働かすほど、暑い夏がエスカレートします。

小生も、非常勤ながら、若い人たちと実験やってます。
こちらは、ああせい、こうせいというだけですがね。

熱中症に気をつけてお仕事にカメラにご活躍ください。
 
 

韓国旅行

 投稿者:MIE  投稿日:2018年 7月15日(日)14時59分49秒
  旅人さん
ご無沙汰しております。
先日は、ローラさんより韓国旅行のの際の写真
懐かしく拝見させていただきました。
お元気で何よりです。

町田の薬師池のハスです。

有名な大賀ハスは、開花するのかしら?
まだこんな状態でした。
 

韓国旅行

 投稿者:旅人  投稿日:2018年 6月20日(水)13時39分48秒
  Hidekiさん
レスポンスが、けたたましく遅れて申し訳ありません。

五月八日から韓国旅行に行ってきました。
飛行機で釜山におり、慶州の世界遺産を訪れました。その郊外の良洞民俗村は、新羅時代から続く村で伝統的な文物が残っていてとても興味深かったです。そのうちから、村の庄屋さん(だったかな?)の家の写真を貼り付けました。

書百堂という額が見えますが、このオープンな部屋では、客のもてなしが行われ、夏は月を愛で楽の音に親しむとのこと。冬には室内に移動するのだそうです。石垣のどこかにはオンドルの焚き口があるはずです。下の写真は、別のお宅のオンドルの焚き口です。

今回の旅は、釜山で連れ合いの満州仲間に会い、慶州の世界遺産を訪ね、ソウル見物をした1週間でした。追々、旅行記もアップしようと思います。
 

大伴家持研究

 投稿者:Hideki  投稿日:2018年 5月 5日(土)12時04分10秒
  旅人さん、情報有難うございます。今度図書館で「わが心の大伴家持」を探してみますね。
今、大伴家持が越中国司だったあの天平時代のことを多角的に研究しています。家持卿が地

元の有力者のもとで和歌の宴を開いたという日記が残っているのですが、果たしてそうした
館って、どんな感じだったのか?ちょっと興味を持って調べています。品川図書館で「古代

住居のはなし」っていう本を借りてきました。天平時代、国司の館こそ瓦葺で立派だったろ
うが、地方豪族の館、も高床式の立派なものだったろうと想像したり・・無論当時ガラス窓

なんてないわけですが、月を詠み、花を詠み、雪を詠んだそんな館ってのは、それなりに大
きかったのではないかと思います・・。貼付するのは、古代住居の天平時代の構造をイメー

ジしたもの・・
 

わが心の大伴家持

 投稿者:旅人  投稿日:2018年 4月25日(水)14時15分7秒
編集済
  返事が大変遅れました。それは、Hidekiさんの書き込みに刺激されて、『わが心の大伴家持』という本を、読んでから返事しようと思ったのです。市立図書館に所蔵していないか、検索してみたらなかったのでリクエストしてみました。そうしたら、やっと最近になって、「他町の図書館から相互貸借でお借りしましたので、とりに来て下さい」と連絡がありました。さっそく受けとって読んでみました。それが、言うまでもなく貼り付けた写真の本です。

この本、Hidekiさんは、お持ちですか。お持ちでしたら書くまでもないのですが、著者の清川さんは、2014年に93歳でお亡くなりになっていますが、日本文学の古典、それも大伴家持にはお若い頃から親しみを感じておられ、何冊ものご本をお書きです。そのなかでも、この本では、家持の生涯にわたる歌作を、代表的なものにつき跡づけておられます。

この本についての私のレビューは「萬象學舎」の「図書館」にアップしました(http://tomohp.net/yakamochi.html)が、Hidekiさんとも縁のある越中に駐在中の歌や生活にも言及しています。越中に赴任して2年目、京より造酒司令史(さけのつかさのさかん)田辺福麻呂(さきまろ)が訪ねてきます。Hidekiさんもご紹介されている「布勢の水海」見物を明日に控えて、まず先に水海をめぐる歌を福麻呂がうたっています。
「いかにある 布勢の浦ぞも ここだくに 君がみせむと 我れを留むる」
 家持も応えています。
「乎布(おふ)の崎 漕ぎた廻(もとほ)り ひねもすに 見とも飽くべき 浦にあらなくに」

この歌、すでにHidekiさんもご紹介いただきましたましたか?

著者は、このように家持の人生の局面々々にうたった歌をたくさん紹介して彼の生涯と人柄を述べています。思いをこめた家持論です。
 

春分後の帰省

 投稿者:Hideki  投稿日:2018年 3月29日(木)21時00分46秒
  旅人さん、先日はメールで家持シンポジウムのご案内有難うございました。沢山のメールの中で
見つけました。すいませんご返事できませんで・・24日から26日まで田舎に帰省して親の介護を

やってました。時間を見つけて、今度出来た高岡やぶなみ駅(あいの風富山鉄道)とその周辺の荊
波神社(うばら神社)と二上山を撮ってきましたので貼りますね。田起こしの時期で、家持が詠ん

だ和歌を思い出しました。一つは「荊波の里に宿借り 春雨に籠りつつむと妹に告げつや」、一
つは「春の苑紅におふ桃の花下照る道に出で立つ美女(おとめ)」墾田を巡った家持はちょうど今

頃の時期だったので、感慨ひとしおでしたね。田のあぜ道には、ハナズオウの花が咲いていて幼
いころの春の風景を思い出しました。
 

新年

 投稿者:旅人  投稿日:2018年 1月20日(土)16時34分38秒
編集済
  Hidekiさん
ごぶさたしました。
新年のご挨拶をいただきながら、ヘボ用の対応に追われて返信できずに申し訳ありません。

帰省をされた由、それも豪雪の前だったようで、よかったですね。関東は、週明けの月曜日に雪の予報が出ていますが、大したことにならなければ良いですね。雪になれていないので少しの雪でも混乱します。

ヤブコウジ。先日、テレビで落語の「寿限無」が流れていましたが、ヤブコウジの名を聞くと「寿限無」の「やーぶらこうじのぶらこーじ」の一節を思い起こします。これは、ヤブコウジのことでしょうね。めでたいものを連ねた名前の一部ですから。

わが庭には鳥が種子を運んできたと思われるマンリョウが赤い実をつけていましたが、今年の正月飾りに頂戴してしまいました。来年も生えるかな。
 

年賀

 投稿者:Hideki  投稿日:2018年 1月 7日(日)14時20分49秒
  旅人さん、遅れましたが新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げ
ます。昨年暮れから1週間ほど高岡に帰省していました。雪のち雨のち曇りのち晴れの繰り返し

でした。今のところは雪がそれほどではないですが寒かったですね。実家の裏庭でジュウリョウ
(ヤブコウジ、山橘)を探したのですがとうとう見つからず・・以前その写真を撮ったのをイラス

トレーターでデザインした画像貼りますね。ほんと可憐で、この雪の中強い花の印象を持ちまし
た。大伴家持は、越中国司時代、次の和歌を残しています。「この雪の消(け)残る時にいざ行

かな山橘の実の照るも見む」・・おそらく日中陽が当たり古墳の眠る西山丘陵あたりで詠んだも
のでしょうかね?その往来は今、「山根往来」と呼ばれています。
 

葫蘆島などの絵画展

 投稿者:旅人  投稿日:2017年10月 4日(水)11時21分43秒
  東京美術倶楽部(港区新橋6)で、「1946」と題した絵などを見てきました。王希奇さんという中国人画家
の絵です。

1946年に葫蘆島から集団引き揚げするところの絵(縦3メートル、横20メートル)がメインでした。引き揚げ
者群像の中の何人かの人々の表情はリアルに描かれ、ここまでの途中で倒れた家族を思ったり、やっと日本に帰
れると前を向いている人など、多くの人々の思いが浮かび出た絵でした。有名な遺骨を抱いた少女も真ん中近く
に佇んでいました。病人を担架に乗せ担いでいる数人の看護婦さんは中国人と思われます。

その絵の他にも、葫蘆島を船が離れて行く海の上から眺めたような大作、大連を離れ行く海から見たらしい絵も
ありました。中国の都会の思い出では、建物が輪郭もぼやけてしまっているところを描いた絵も何枚もありまし
た。

このようなテーマの絵を中国人画家が描いたということは、真の日中友好を願う心が生きていることを示すもの
でしょうから、日中の多くの人たちに見てもらうとよいと思いました。
 

布勢水海

 投稿者:旅人  投稿日:2017年 8月24日(木)21時00分48秒
  Hidekiさん、いらっしゃい。
帰省されてこられた由、良かったですね。

布勢水海の写真と地図、大変興味深く拝見しました。こんなに大きな水海、湖があったんですね。
万葉線の海岸沿いは、砂嘴が延びていて天橋立のようになっていたのですか。であれば、風光明媚だったでし
ょうね。その北西の尖端は、切れて海水が入る口となっていたのですか。浜名湖や、能取湖、宍道湖などのよう
な汽水湖だったのでしょう。どうして干上がってしまったのですか。人間の都合?

歌碑もたくさん紹介いただありがとうございました。本当に家持さんの足跡がたくさん残っているのですね。
 

家持縁を訪ねるマップ

 投稿者:hideki  投稿日:2017年 8月24日(木)16時32分28秒
  布勢水海へ行くマップを貼りつけますね。  

残暑お見舞い

 投稿者:hideki  投稿日:2017年 8月24日(木)16時15分31秒
編集済
  御無沙汰してます。この夏家族で帰省しました。両親にもあって、ほっと安心です。やっぱり故郷
はいいですね~ここに貼り付けるのは、天平時代、越中国司大伴家持が遊覧した布勢水海(ふせの

みずうみ、現氷見平野)の画像です。photoshopで画像処理し、氷見平野に、その布勢水海を再現
してみました。
 

MIEさん

 投稿者:旅人  投稿日:2017年 2月14日(火)12時41分5秒
  MIEさん、こんにちわ。
少し前に気がついていたのですが、取り込んでいて、遅れました。
新HPにも行ってみました。珍しいお話しを楽しみにしております。

また、あらためて、書きますね。
 

(無題)

 投稿者:MIE  投稿日:2017年 1月21日(土)22時53分24秒
  旅人さん
お久しぶりです。
ローラさん寂しくなりましたね。
我が家も昨年、主人の実兄がなくなりました。

主人は病に倒れてから14年になりますが、まあ、元気にしています。
孫もひとりはこの春社会人に、大学生が3人、高校生2人、中学生ひとりと
皆大きくなりました。

まだ、少し、仕事をしています。

HP、サーバーの関係で新しくしました。
ただ、ひとり時間を見て移行してますので、
まだ、不完全ですが、ボチボチとやってます。

横須賀荒崎海岸と立石海岸の日の入りです。

http://www.geocities.jp/m1143910/

 

喪中の新年

 投稿者:旅人  投稿日:2017年 1月 1日(日)18時00分1秒
  昨年は、つれあいの姉上が、ピンコロと亡くなって、わが家としては喪中にし静かに過ごすことにしました。ところが、内外からいろいろ新年らしい声がかかってきたりします。静かに読書ですごそうと思っていたのが、なかなかそうも行きません。これから(今、午后六時です)夜になると少し読めるかなと期待しております。それはさておき、皆様、お健やかな一年をお送り下さるようお祈りしますと同時に本年もよろしくお願い申し上げます。

 

自分たちの手で

 投稿者:旅人  投稿日:2016年12月19日(月)21時01分16秒
  Hidekiさん、予想的中でしたね。新聞によっては、「失敗」と手厳しい評価が目立ちました。

かつて、日本政府は、北方領土返還の戦略らしい戦略を持ったことがなく、サンフランシスコ講和条約で自らの
手を縛ったこと故の自縄自縛のままですよね。今回もまったくそのつづき。

北方4島の元島民は、北朝鮮拉致家族と同じように、先が見えず、ず~っと、イライラしながら待ちくたびれて
しまっている状態です。1970年代まで、根室の近くに住んでいましたので、元島民の声は時々聞いていましたが、
そのときと状況は変わっていません。

自らの手で、自民党政権を変えて、自らの力で対処することを考えないといけないときに来ているのかもしれま
せん。
 

露国と付合う方法? それを先ず・・

 投稿者:Hideki  投稿日:2016年12月15日(木)01時35分18秒
編集済
  休みの昨日、ニュースを見ていたが、どうも明日の日露トップ会談お寒い状況のようです。
日本人の期待度とずいぶんかけ離れている内容(北方領土の問題は無し、経済協力で金と人

を要求とのプーチン大統領のメッセージ。また日本側の経済協力8提案は、ロシアにとって
条件でなく雰囲気作りだという)・・最大の寒波がロシアからやってくる明日、トップ会談も

ブルブルだろうなあ! 下手な川柳・・寒波来る 日露の話題も 寒かりし
 

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